2016年03月

もりは きえた たぬきも いない さびしかった ところは にぎやかに なる ときが ながれる なにかが かわる いいとか わるいとか そんな ことを いっても いわなくても かわる きょうは 春分の日 (写真・くいまる) ...

ぼくらは 自分と他者を 比較して 自分を たしかめる そして 満足したり 落ち込んだり あわてて あっちに いったり こっちに きたりする だけど それは なんだか ばかばかしい 自分を みつめて 自分が 昨日より 今日が 今日より 明日 ...

いつだって おいかけられる ように いきている てとあしを おもいきり のばすことも ないまま すこしの くふうを つみかさね ためいきなんか つきながら きよくただしく うつくしくを めざして このごろ ほんの すこし だけ おもう よゆう ...

いつだって ガチャポン ガチャポン ガチャ ガチャポン ぼくらの 運命は 握りしめた 硬貨 まわす ダイヤル なにがでるかな なにがでるかな いつだって ガチャポン ガチャポン ガチャ ガチャポン ほくらは 運命を たのしむため いつも 夢を さがして なにがでるかな なに ...

ああ・・ なんて へんなやつが そこにいるんだ 自分を撮って 自分を確かめて そして 時が 一秒 過ぎて 無残にも 残るのは 写真 へんな 写真 もしかしたら おもっている 自分と 写っている 自分と あきらかに ちがう いやいや ...

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